企業法務という仕事

最近、知り合いの弁護士から「弁護士を続けるべきか、企業内弁護士になるべきか悩んでいる」という話を聞きました。企業法務の実態が分からず、同じように悩んでいる弁護士は少なくないようです。

そのため、今回は、私の20年以上にわたる企業法務の経験から、その仕事内容や弁護士業との違いについてお話しします。

私の話が、同様の悩みを抱える弁護士の方々の参考になれば幸いです。

企業内弁護士という言葉のイメージからの誤解


まず初めにお伝えしなければならないのは、企業内弁護士は、企業内で弁護士の仕事を行うわけではないということです。企業内弁護士は、弁護士の専門知識を活かして、法務業務を担当します。企業内では「先生」としてではなく、他部門のメンバーと同じように、企業の一員として働くことが一般的です。

これは、先に企業内で働くことが一般的となった公認会計士や税理士の例を見ても明らかです。彼らは経営企画や経理・財務などの部門で企業の一員として働いています。どうやら「企業内弁護士」という言葉が、転職を希望する方々に対して誤解を与えている可能性があるようです。

企業法務とは、例えばこんな仕事


企業法務の業務は様々ですが、まずはイメージしやすい訴訟法務について説明します。

企業内弁護士が訴訟に関わる場合、その主な役割は、訴訟手続きではありません。主な任務は「戦うための武器集め」と「訴訟戦略上のコントロール」です。

1.戦うための武器集めとは

訴訟の際は、外部の弁護士と連携して訴訟に挑むわけですが、どんなに優秀な弁護士でも、戦うための武器がなければ対応には限界があります。その時に企業側から情報を提供する担当者が法的知識を持っていると、外部の弁護士はより効果的に戦うことができます。法務担当者の重要な役割の一つです。

ただ、これはストレスのかかる仕事でもあります。証拠資料の収集には他部門の協力が必要なため、他部門が忙しくて協力的でない場合でも、法務部門は訴訟対応をスムーズに進めるために、自分の感情を抑えて協力を求めなければなりません。また、場合によっては、既存の情報を基に、法務部門が資料を再作成することもあります。

その他、取締役会の説明資料も作ります。一般的に、提訴は取締役会の決議事項、受訴は取締役会の報告事項として扱われるためです。

2.訴訟戦略上のコントロールとは

訴訟の際、企業は、タイミング、必要な日数、金銭的な利益、企業イメージへの影響、インターネット上の評価など、様々な要素を考慮して、どう対応するかの判断を行います。単に勝てばいいというものではないからです。

そのため、法務部門は経営陣に対して対応策の提案や判断の材料を提供します。裁判所の和解案を受け入れずに戦うべきか、あるいは逆に会社から早めに和解案を提出すべきかなどの提案を行うこともあります。これが私の考える「訴訟戦略上のコントロール」です。

これは基本的には会社が判断するべき事項なため、法務部門の見解が経営判断に重要な影響を与えることになります。

なお、訴訟法務においては、裁判への直接的な関与を含めた訴訟対応を完全に内製化している企業はほとんどありません。企業内弁護士であってもこのような訴訟戦略上のコントロールに専念し、外部の弁護士と効果的に役割を分担することに狙いがあるためです。

3.企業法務のその他の仕事

企業法務には他にも様々な業務があります。契約法務、商事法務、コンプライアンスなどが代表的な業務です。中でも契約法務は弁護士が行う契約書のチェックや作成業務と重なる部分が多いですが、その業務範囲には、契約のステータス管理、契約更新の管理なども含まれます。

さらに、品質の均等化を担保するため、使用頻度の高い修正条項については、個別にテンプレートを作成したりすることもあります。最近では、こうした業務をさらに効率化するためにソフトウェアやAIツールを導入する企業も増えています。

法務パーソンに求められるスキル


では、このような企業法務の仕事を遂行するためには、どのようなスキルが必要でしょうか。

深い法律知識や法的論理が使えることはもちろん大切ですが、企業法務では、「コミュニケーションスキル」と「ビジネス感覚」が特に重視されます。偉そうなことをいうほど私自身ができているわけではありませんが、これらが重要なスキルであるという点については間違いないと思います。

1.コミュニケーションスキルの重要性

コミュニケーションスキルは全ての部門に必要ですが、法務部門では特に重要です。

なぜなら、法務部門の役割の一つとして、他部門の行動に対して必要なときにストップをかけることがあるからです。私の経験では、法務部門と意見が対立することが多いのは企画部門です。

企画部門からすると、売上向上を目指して練り上げた企画に対して、法的なリスクがあるとしてストップをかけられるのは、たとえそれが正しい判断であったとしても納得しづらいものです。そのため、他部門とスムーズに業務を進めるためには、良好なコミュニケーションが欠かせません。ここで重要なのは、ただ話が上手いだけでなく、他部門から信頼を得られるようなコミュニケーションスキルです。

法務部門が信頼を失うと、法務部門への相談が避けられ、それにより潜在的なリスクを抽出する機会を失います。気づいたときには手遅れという事態にもなりかねません。ですから、法務部門が他部門から信頼を得ることは、企業にとって非常に重要なことなのです。

また、経営会議などで重要な事項を短時間で分かりやすく伝える能力も重要なコミュニケーションスキルの一つです。詳細を伝えすぎて、本当に伝えるべき重要なポイントが伝わらないと経営判断にも影響が出てしまいます。

さらに、相手方の法務担当者やクライアントとの直接の交渉や打ち合わせにもコミュニケーションスキルが必要です。法務担当者が相手を怒らせてしまい、プロジェクトが停止するようなことがあれば目も当てられません。

2.ビジネス感覚を持つことの重要性

契約を確認する際に、相手方とカウンターオファーの応酬になることがあります。その際、どこで妥協するかを決めるのには、適切なビジネス感覚が必要です。例えば、影響度が大きくても、その発生可能性が低い金銭的リスクの場合、調整が長引くことで逆にビジネスチャンスを逃してしまうこともあります。

また、相手方との契約調整においては、説明をつけることが一般的ですが、時々、何の説明もないままこちらのドラフトに修正を行い、かつファイルを修正不可にして返してくることがあります。適切なビジネス感覚を持つ法務担当者ならこのような行動は取らないでしょう。契約の調整は会社の品位を反映するものであるからです。 他にも、事業部門から契約書の作成を依頼されたとき、法務部門はその前提となるビジネススキームを確認し、必要に応じてスキーム自体を再構築することもあります。これは、不適切な契約書の作成を防ぐためです。ビジネススキームの再構築にあたり、事業部門と協議を行っていくには、適切なビジネス感覚を持ち合わせていることが不可欠です。

これからの企業法務


企業法務について、弁護士業との違いを現場目線から説明しましたが、いかがでしたでしょうか。

法務担当者は基本的に企業人であるということを理解することで、弁護士業との違いがはっきりし、企業法務への転職時に何が求められるかが理解しやすくなると思います。

私が働くArithmer株式会社はAIベンダーです。私の仕事は企業法務ですが、AIの持つ可能性については日々肌で感じており、AIが多くの仕事を代替する未来を想像します。企業法務も例外ではなく、企業法務が単なるリーガルチェックに止まるなら、その大半がAIに置き換わることでしょう。

一方で、企業法務を事業開発・運営に密接に関連させ、戦略的な位置づけにする企業も増えています。当社の企業法務も、形式的には管理部門に属していますが、実質的にはそのステージに近づいていると感じています。カジュアルに言えば、「企業法務2.0」または「シン・企業法務」です。

弁護士業から企業法務への転職を考えている方にとって、どちらが自分に合っているか、この記事が少しでも参考になれば幸いです。